ウィーンで初めての冬が過ぎ、一気に春が来ました。東京とはずいぶん違ってもっとずっと寒冷地でしたから、長くて暗い冬は初めての体験でした。零下10度以下の寒さや短い日照時間は、初めのうちこそ珍しさもあってわざわざ寒い中へ出てみたりしたものでしたが、さすがに気分的にちょっと辛くなっていました。何故ウィーンの家には蛍光灯というものがないのか…?それはあの白い光では家庭の暖かさを感じられないからだと思います。暗い冬の寒さの中で何処の家にもろうそくの形のシャンデリアの暖かい光があふれていました。何故みんながこんなにオペラに通うんだろう…?それはあの華やかな雰囲気、明るくて暖かくて香水の漂うゴブランザールを着飾って歩く楽しさ、オペラも含めて最高の社交を楽しんでいるんです。それは特に長い長い冬には欠かせない楽しみなんです。
冬の間、公園の花壇には花もなく、大きな樅の木の深緑の他は木はいつまでも緑の芽を出しません。街のあちらこちらにある噴水も水が止まったままで、木の蓋が被せてあります。日本からの手紙にはもう春の花の写真が添えてあったりしても、こちらではまだまだでした。
日本なら梅が咲いて鶯の声を聴いたりという早春の風情も、また桜が街の至る所に咲いて、その下をぴかぴかの一年生が通う姿を見るということもないのは、春を一年の始まりと感じる日本人には少し物足りない気がしました。
それでも3月29日には夏時間が始まったと手紙に書いています。このころようやく緑の新芽が出始めたようです。留学期間の延長を決心し、少し時間的には余裕を持って勉強できるようになったようです。ブラームスザールでの日本大使館の演奏会でシューベルトの“鱒”を弾いたり、アカデミーの学生であるクラリネットの先輩との室内楽の機会ができました。ただレッスンを受けるだけで精一杯だった頃と比べて、前向きにいろいろな機会に向かっていこうとしていました。 |
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| シュタットパークの花が咲き始め一斉に緑の新芽があたりを明るく暖かにしました。この大きな木蓮の淡い色がとても好きでした。 |
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| 公園にはクジャクがいてときどきこうして見事な羽を広げて見せます。雛が何羽もいてやがてそれらも見事なクジャクになりました。 |
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