無名の社会運動家のメッセージを今に伝える「ポスターコレクション」−−ウチの図書館のお宝紹介

法政大学大原社会問題研究所 若杉隆志


 今回私どもから紹介する「お宝」はポスターです。現在戦前期のものが約2600点、戦後期のもの約1400点所蔵しています。当時は紙屑同然だったポスター、例えば、新聞紙に墨や赤インクで候補者の名を書いただけの選挙ポスターに、資料的価値を見いだして、集め、保存してきた研究所の大先輩の先をみる目にいまさらながらおどろきを覚えます。なかには明らかに電柱や塀からはがしたあとがみえるものもあったりします。そのころは誰も見向きもしなかったものが、時代を経るにつれ、当時の状況を生き生きと今に伝える第1級の資料へと変身する、しかもデザイン的にも充分鑑賞に耐え、いかにも素朴でかつモダンでさえあります。これらのポスターは、研究所の大阪から東京への移転、東京空襲の戦火、1960−70年代の大学紛争などいくたの困難から守られて今日に至っているものです。
 戦前のコレクションでとりわけユニークなのは、昭和3年に行われた第1回普通選挙のポスター類です。もっとも普通選挙といっても女性に参政権が認められるには戦後昭和21年の第22回総選挙まで待たなければなりません。このときの総選挙は、1925年制定の男子普選法によるもので、労働組合などの早期実施要求にもかかわらず、ようやく昭和3年に行われたものです。あの悪名高い治安維持法と抱き合わせ、いわばアメとムチで、成立したとも言われています。それまで「納税額と居住年限」によって加えられていた制限が「性と年齢その他」に緩和されたことが大きな変化でした。納税額による制限はそれ以前にも除々に切り下げられてはいたのですが、このときの撤廃により、選挙人の数はその前の約300万人から、いっきょに1300万人に増加することになります。この選挙では無産政党各派からも計88名が立候補し、得票率4%で8名が当選しています。一千万人という投票人口の出現は新しい選挙運動を出現させる結果にもつながり、ポスターにみる多彩な形態・表現に注目すれば、わが国におけるイメージ選挙の出現は第1回普選に見いだされる、とする研究者もいます。当研究所が収集したものは無産政党のものが主ですが、当時の2大政党、政友会、民政党のものも若干あります。浅沼稲次郎、大山郁夫、加藤勘十などの名前がみえます。野田律太のポスターは新聞紙に赤で謄写版刷りしたものです。民政党の「借金して見えを張る政友会、整理緊縮真面目で押し行く民政党」とあるポスター、内務省が棄権防止を訴えた「投票スレバ明ルクナリ、棄権スレバ暗クナル」といった明暗2色刷りのポスターなど今日でも充分通用するスローガンといえましょう。また、意外や作家の菊池寛が無産政党の社会民衆党から東京1区で立候補しているのです。「タレント候補」のはしりともいえますが、あえなく落選となります。  普選以外にも、労働運動、農民運動、小作争議、水平運動、婦人解放運動などさまざまな社会運動のポスターがあります。プロレタリア文化運動に関連したものでは、「太陽のない街」などの演劇、映画、音楽の他出版物の広告宣伝などです。これらのなかには著名な画家、柳瀬正夢により描かれた作品も数多くあります。
 戦後のものでは、占領期に活動した労働組合のナショナルセンター、産別会議のコレクションが多くを占めます。傘下組合の宣伝ポスター、生産復興運動、新劇などの文化運動などです。1947年の2・1ゼネストのポスターは出版物の口絵によく利用されているもののひとつです。
 これらのポスター類は、当研究所として将来にわたって残していくべき歴史的資料であることは当然ですが、むろんただお宝としてしまいこんでいるわけではありません。憲政記念館などさまざまな他機関が催す展示会への出品、出版物、教科書、あるいは研究者による図書・論文への掲載などさまざまな形で利用されています。研究所独自の展示会や刊行物での利用もたびたびのことです。
 今ちょうど折良く東京国立近代美術館フィルムセンター(京橋)で8月から11月にかけて開催されている展示会「1930年代の日本の印刷デザイン−大衆社会における伝達」に出品・協力していますので、お近くの方はぜひお出かけください。  ところで、戦前期のものについては一昨年よりホームページで公開しています。これまで利用されるものが比較的固定化されていたのが、全点公開により、はば広く利用されるようになりました。ある機関からは関連するポスター類を自館で所蔵するための複製の申し出などもありました。また、海外からの問い合わせに接するとインターネットの可能性を実感します。
 戦後期のポスターについては、今現在電子化の作業をすすめており、この原稿が載る頃には公開できる予定です。快く電子化・公開の許可をいただいた機関の方、ありがとうございました。アドレスは http://oisr.org です。
 
『図書館雑誌』95巻8号(2001.8)

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