私の月誌(2003年7月)

アーキビスト実習

 6月下旬から7月上旬の2週間研究所ではアーキビストの卵養成のお手伝いをしました。ここのところさしたるネタもなかったし、大原でもはじめてのことなので今月はそのことを書き留めておこうと思います。
 アーキビストといってもそういう資格名称は正式にはありません。博物館学芸員の資格課程に定められた現場での実習です。みえたのは東京都立大のIさん。昨年9月史料管理学研修会同窓会オフ会で実施した多摩アーカイブツアーにも参加した方です。
 最初に打診があったのは3月のはじめころです。「博物館というよりはアーカイブ全般に関心を持っている。多種多様な史料を持ち、webサイトも充実している大原で実習を受けたいけど可能ですか」とのIさんからのメールでした。先ほど書いたように大原ではこれまで実習生の受け入れ経験はありません。ましてや司書ではなく学芸員。大原はたしかにアーカイブではあるけれどどちらかというと図書館の方が近い。私自身前の職場(神奈川県庁)では司書課程の実習生を受け入れており、その一部を担当した経験があります。すぐに頭をよぎったのは受け入れの負担の大きさです。大きな組織ならともかく、専任職員削減で年毎にマンパワーが落ちている今の大原で果たして10日間のプログラムが組めるか、Iさんの期待する実習が可能かどうか。
 でも、多少の無理はあっても外から頼まれたことはできるだけ引き受ける、これが大原流です。一見おとなしそうだけど実はすごいガッツがある(らしい)Iさん、なんとか応援してあげたい。なにはともあれ早川所長(当時)に相談したところ「いいでしょう」と軽いご返事。
 というわけで、まずは学内の受け入れ手続きからです。実習ですから、通常の見学とは違い正式の授業になります。いくら万事アバウトな大原でもまったく勝手にやるわけにもいかない。とりあえず図書館で司書課程の実習受け入れ経験があればどのような手続きをしたか問い合わせたところ、なんとなんと、これまで受け入れをしたことがないとのこと。であればと、学内で決裁手続きや文書事務を仕切っている文書課に問い合わせたら「教学の了解を得て部長決裁をとればいいのではないか」とのアドバイス。実は文書課担当者も実習受け入れははじめてのことで、従来学内での似たような事例からのアドバイスでした。法政でも学芸員や司書の課程を持っており、毎年大量(かどうかよくわかりませんが)の実習生を学外の他機関に送り出しているにもかかわらず、受け入れのケースは全然なかったのです、これは驚きでもありました。
 まともかく決裁手続きはわかった。大原で「教学」は運営委員会になります。学部でいうと教授会に相当します。でもでも、運営委員会の前に、実行メンバーの了解が第一です。専任職員・研究員で構成する事務会議、さらに研究員会議でそれぞれ提案し、了承してもらいました。その上で運営委員会に提案し、承認。大原の構成メンバーはこういったことではみな前向きなのでさくさくとことがすすみます。多少心配した部長決裁(どうしてかというと部長は日常的に大原に顔を出しているわけではないし、実務をほとんど把握してもいない)も、すんなりパスしました。
 ところが意外なところに穴がありました。学内の受け入れ手続きが済み、都立大の教務の担当の方に「受け入れ了承」の連絡をしたところ、都立大でははじめての実習生送り出し施設ということから質問がありました。つまり正規の実習施設として妥当かどうかということですね。当然のことではあります。1点目。「博物館法にのっとった施設か? 相当施設か?」「いえ博物館法による施設ではありません。相当施設ってなんですか。研究所ではありますが、同時に、労働関係の記録・文書類を多数所蔵し公開しているアーカイブではありますが」。ここはともかクリアしたようです。もれ聞くところによると博物館学芸員は実習受け入れ機関が、実習希望者に対して圧倒的に不足しており、相当施設がわりとゆるやかに解釈されているようです。実習生や送り出す側でもそれなりの苦労があるのですね。こんなところにも日本の文化度が表れます。
 2点目。「学芸員はいますか」「いえ、司書はいますけど学芸員の資格を持っている職員はいません」。ここで一瞬会話が途切れました。「それだとむずかしいかもしれません、一応上司に相談してみますが」。なんなのと思いました。こちらはお宅の学生さんからの希望があってそれに応えようとしているのに、、と内心むっとしたものです。でも考えてみればきちんとした学芸員がいる博物館、もしくは相当施設で、先輩の学芸員から、現場での実務経験を学び取るというのが実習ということなので、相当施設ではゆるやかに解釈できても学芸員の存在は必須なんでしょうね。というわけで私も今一度大原のメンバーをぐるぐる思い浮かべました。で、まてよたしか松尾さんは史学科卒だった、もしかしてとダメモトで聞いてみたら「学芸員? 持ってますよ」。大原はなんて人材豊富なんだ。てなわけで、早速都立大に電話、「先ほどのご返事の訂正です。学芸員ですが一人います」。専任か兼任かそんなややこしいいことなどいいません。電話のむこうからもほっとしたようすが伝わってきました。これでなんとかクリアできたようです。
 そんなこんなが事前のばたばたでした。プログラムは、結局研究所の専任職員・研究員、兼任研究員、臨時職員、リブロ電子工房を総動員したものになりました。Iさんのご希望も入れてweb関係にも重きをおきました。手前味噌になりますが、現在の大原でのアーカイブ関係業務が総覧できるものになったと思います。参考までにプログラムは次のとおりです。

6/30(月)[前]実習の概要説明・所内案内(若杉)
       [後]図書・資料の管理・運用(若杉)
7/1(火) [前]大原社会問題研究所の歴史・現状(早川)
       [後]資料保存のとりくみ(若杉)
7/2(水) [前]閲覧サービス概要(若杉)
       [後]閲覧サービス実習(若杉+)
7/3(木) [前]コレクションの整理 鈴木茂三郎文庫(松尾)
       [後]資料保存実習(若杉+)
7/4(金) [前]Webサイトのデザイン(野村)
       [後]資料電子化の実際(リブロ電子工房・是枝)
7/7(月) [前・後]学内の他アーカイブ見学(若杉)
    *産業情報センター 沖縄文化研究所 ボアソナード記念現代法研究所
7/8(火) [前]Webサイトの構築(鈴木)
       [後]Webサイトのメンテナンス・ネットワーク管理、ページ作成(西村)
7/9(水) [前]レイバーアーカイブ・海外(五十嵐)
       [後]レイバーアーカイブ・国内(若杉)
7/10(木)[前]写真のデジタル化打ち合わせ会議参加
       [後]ヒアリング・オーラルヒストリーのこと−戦後社会運動研究会との関わりで(吉田)
7/11(金)[前・後]資料展示実習、全体まとめ

 事前の決裁手続き、各プログラム担当者との日程確認・相談を終えたところで、ほぼ実習のゴールが見えてきました。実施途中では多少のあれこれはありましたが全体としてはほぼ予定どおり進行しました。Iさんからは担当者もたじたじとなるような鋭い質問が出されること、たびたびでした。
 あと今回の実習で書き留めておきたいこと。一つは、実習を所内研修としての場ともする目的で各プログラムへの職員・研究員の同席を広く募ったことです。実際にはそれぞれ実務を抱えている中でのことなのでそう多くは参加されませんでしたが、web関係などはIさんのほか4,5人でいっしょに実習を受けることになりました。もう1点は実習の拘束時間に余裕を持たせたことです。これはスタッフの少ない中で9時−17時のフルタイムで実習指導を行うことが難しかったことによります。その分どうしても実習というよりは講義形式が結果的に多くなりました。もちろんこの2点ともIさんには事前に了解を得ていたことです。
 そんなこんなで研究所としてはバタバタの10日間でしたが、Iさんからはとても好意的な感想をいただきました(よいしょもあると思いますが)。Iさんのアーキビストとしての一歩に多少なりともお手伝いができたようで、ひと安心というところです。また私にとってもそれなりに緊張した10日間を過ごすことができ、またなにより、研究員・職員のそれぞれの仕事内容についてあらためて理解を深めることができたことは思いがけない収穫でした。
 実習の評価ですか? もちろん「学芸員として適格性に富む」です。


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