私の月誌(2009年12月その2)

蜷川の演劇「コースト・オブ・ユートピア」に大原の本が出演

 今年9〜10月、渋谷のシアターコクーンで上演された演劇『コースト・オブ・ユートピア』。時代は19世紀中ごろ、帝政ロシアの恐怖政治下で革命的民主主義者ゲルツェン、無政府主義者バクーニン、急進的文芸批評家べリンスキーらが革命を夢見る話です。ロシアと日本、お国は違うけど、年明けからNHKで始まった「龍馬伝」とどこか重なる青春群像劇です。時代もほとんどいっしょ。
 演出は今をときめくあの蜷川幸雄さん、俳優は阿部寛、勝村政信、麻実れいらまさに役者揃い。京野ことみ、水野美紀ら若手女優たちもいい。なんと上映時間9時間を超えるこの劇に大原社研が協力させてもらいました。刊行物への資料提供・協力はよくあることです。展示会、授業、学習会、テレビ番組などへの提供・協力も時々あります。だけど演劇への資料提供は私が知る限り今回がはじめてのことです。
 「劇中で『共産党宣言』『資本論』を使いたいので当時の初版本をデジカメで写して送ってほしい」との依頼がシアターコクーンの美術担当の方からあったのは今年7月ころでした。当時のものに近い形の本を作るとのことです。それも「今日中に」という依頼でした。概してメディア関係からの依頼は、今日中とか、今週中とか、いつも急なのです。そういう世界なのですね。ともかくも、私の素人撮影でよければということで、本の表紙・裏表紙・タイトルページ、全体イメージなど数カットを写し、メール添付で送りました。通常こういうご利用の場合クレジット、使用料などを条件とするのですが、世界の蜷川演劇に協力できるということに気持が浮いてしまい、言い出だしそびれました。サービス精神と人のよさ(気の小ささ?)がつい出てしまう、、。だけどbunkamuraはさすがでした。上演の際は関係者割引をする、とのご案内をいただきました。時間とともに料金もけっこう高額でしたので割引はうれしい。大原社研のMLでご案内したのですが、超ロングな上演時間のせいでしょうか、どなたからも希望無し。私も日程がうまくあわず観にはいけませんんでした。そんなこんなで年末。NHKハイビジョンで演劇がまるごと放送されることをたまたま新聞の番組欄で見て知り、なにはともあれ録画。年末休み中に数日がかりで観ました。
 テーマ・時代はちょっととっつきにくいですが、大原的にはまあなじみのテーマ。そして、さすがにNHK。劇の前に蜷川さんや俳優らによる楽屋話、専門家の解説のおまけ付き。おかげで、はじめはともかく、劇がすすむにつれしだいに引き込まれていきます。阿部シリアス・ゲルツェンと勝村ハチャメチャ・バクーニンのかけあいが絶妙、その間隙を幕が替わるとガラッと化ける麻実れいがきちっと埋める。そういえば三人ともは蜷川のお気に入りみたいですね。 さて、大原が協力した本ですが劇中でどのように使われていたかというと、まず『共産党宣言』。マルクス(横田栄司)が刷り上がったばかりの本をかざして登場。髭ずらはよく本などで見る写真とそっくり。そして、「共産主義という妖怪がヨーロッパを歩き回っている」というあの有名なフレーズが語られます。劇の最後近く、再びマルクスが、労働歌インターナショナルをバックに、なんと『共産党宣言』と『資本論』を両手に持って現れ大演説。このあたりになるとほとんどパロディー。大受けでした。ましかし、本はそれなりに効果的には使われているとなと思いました。『共産党宣言』の初版は1848年、『資本論』は1867年。劇中でもその年代の場面で使われていました。形でいえば、『資本論』が現物よりいくらか大きく見えたのは効果を考えてのことかなア。
 本をメインに観たせいか、大原が協力した2冊のほかにも本がけっこう多く使われているのに気がつきました。帝政ロシア期の知識人たちの日常が演じられていたこともあってでしょう。大原と同じようなことが他の本でも行われたのでしょうか、演劇人たちのこだわりに感服です。演劇は時々観にいきますが、これからは舞台の小道具などにも目を向けたいと思ったものです。


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