ベルリンの壁・破片 1989年

 今年の春ころ「善き人のためのソナタ」という映画を観ました。ベルリンの壁崩壊直前の東ドイツを舞台に、自由と民主主義を抑圧する国家体制の中枢を担った組織シュタージの一員が、芸術家とその恋人の監視を続ける内に次第に影響を受け、人間性を取り戻していく様を淡々と追ったとてもいい映画でした。
 この破片を見るつどその映画を思い出します。大きさは縦・横・高さとも2〜3cm、とても小さなコンクリートのまさに破片です。以前某テレビ局から番組で使いたいので協力してほしいとの連絡がありました。大きさを聞かれたのでそのまま伝えたら、いったん電話が切れた後、今回は見送るとのことでした。おそらく担当者のイメージは壁ということからもっと大きな石をイメージしていたのでしょう。テレビ的にはたしかに破片ではちょっとインパクトに欠けるかもしれません。
 それはともかく、この破片は、壁が崩壊した1989年11月、たまたま東ドイツから日本に短期留学のために来日し、客員研究員として大原社研をベースに研究活動をしていたBさんよりの寄贈です。壁崩壊後にいったんドイツに戻り、再び来日したときのおみやげというわけです。
 この破片はエレベータ前の展示ケースに常時展示しています。いささか古びた展示ケースですが、せっかく4台あったので、現在それぞれに「大原社会問題研究所の歴史」「戦前の労働運動」「戦前の社会運動」「戦後の社会・労働運動」というテーマで特徴的な資料を陳列しています。見学に見えた学生さんに、戦前期の社会運動のポスターなどを説明しても反応は今ひとつですが、このベルリンの壁・破片にだけはしっかり反応が帰ってきます。つい10数年前のできごとですので、同時代のこととして受け止めてくれるのでしょう。
 壁が建設されたのが1961年。それから28年の間東ドイツの抑圧された社会主義を見つめてきたこの破片。小さな小さなかけらですが、破壊された後のドイツ統一、東欧諸国の民主化、さらにはソ連の崩壊へと繋がるダイナミックな歴史と苦悩の一齣を語ってくれます。(2007年9月記)

<参考文献>
『ベルリン1989』(東ドイツの民主化を記録する会編、大月書店、1990)


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